ハヤカワ
「紫八咫」は単なる貴醸酒ではない。「再仕込み貴醸酒」と呼ばれるもので、前季の「陽乃鳥」を用いて醸した貴醸酒なのである。つまり貴醸酒仕込みの貴醸酒———「再仕込み」貴醸酒なのである。難しいので再度説明しよう。通常の貴醸酒は、在庫の熟成酒を、仕込み水のかわりに使用して醸されるものだ。しかしこの「紫八咫」の場合、単なる在庫の酒ではなく、在庫の貴醸酒を入れて醸されている。つまり、原料にすら高価な貴醸酒が用いられているという、特殊な貴醸酒なのである。しかも、この「紫八咫」は毎年受け継がれて醸造されるというシステムを備えた斬新なスタイルの酒になってゆく。ある年の「紫八咫」は、その次のシーズンの「紫八咫」の材料にもなるのである。こうして老舗の鰻屋のタレのように、最初期の酒の一部が引き継がれていくのである。